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京都地方裁判所 昭和60年(わ)906号 判決

本籍

京都市伏見区久我御旅町二番地の一一

住居

右同所

会社員

由紀夫こと安田由紀夫

昭和一〇年二月二七日生

右の者に対する所得税法違反被告事件につき当裁判所は検察官山田廸弘出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役四月及び罰金四〇〇万円に処する。

右罰金を完納しないときは、金一万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

右懲役刑については、この裁判確定の日から三年間その執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、自己の所有する京都市伏見区久我西出町五番一三の田を昭和五九年一一月二八日一億四、九七六万円で売却譲渡したことに関して右譲渡にかかる所得税を免れようと企て、全日本同和会京都府・市連合会会長鈴木元動丸、同連合会事務局長長谷部純夫、元同連合会乙訓支部長今井正義及び辻逸朗らと共謀の上、自己の実際の五九年分分離課税の長期譲渡所得金額は六、八六七万三、六九一円、総合課税の総所得(給与所得)金額は四六八万一、六七一円で、これらに対する所得税の合計額は一、六五六万七、〇〇〇円であるにもかかわらず、株式会社ワールドが有限会社同和産業(代表取締役鈴木元動丸)から八、〇〇〇万円の借入れをし、その債務について自己が連帯保証人となり、右ワールドが破産したことから右連帯保証債務を履行するために右不動産を譲渡し、その譲渡収入で同年六月一〇日六、二〇〇万円履行したが、右ワールドに対する求償不能により同額の損害を被った旨仮装するなどした上、同六〇年三月九日、京都市伏見区鑓屋町所在所轄伏見税務署において、同署長に対し、自己の五九年分分離課税の長期譲渡所得金額は六六七万三、九六一円、総合課税の総所得金額は四六八万一、六七一円で、これらに対する所得税合計額は一六七万三、二〇〇円である旨の内容虚偽の所得税確定申告を提出し、もって不正の行為により右の正規の所得税額一、六五六万七、〇〇〇円との差額一、四八九万三、八〇〇円を免れたものである。

(証拠の標目)

一  被告人の検察官に対する供述調書(検第12ないし16号)

一  証人辻逸朗及び同今井正義の当公判廷における各供述

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(検第1号)及び証明書(検第2号)

一  メモ写し(検第17号)及び安田由紀夫の59年分の所得税の確定申告書(写し、検第18号)

(補足説明)

被告人及び弁護人は、被告人は辻逸朗の誘いに応じ、同人を通じて全日本同和京都府・市連合会の元乙訓支部長であった今井正義に本件納税申告を依頼しただけで、その申告内容は承知しておらず、税金に関する知識経験を有しない被告人としては、合法的に税額が下がるものと信じていたもので、脱税の故意はなかった旨主張しているので、以下検討してみる。

前掲各証拠及び安田セツ子の59年分の所得税の確定申告書(写し、検第19号)によれば、被告人は判示土地及び母安田セツ子所有の土地を売却譲渡したことに関し、昭和五九年夏ころ辻逸朗から「税金のことなら安くしてくれる人を知っているので世話してあげる。わしも去年の税金の申告の時、同和の人に頼んで安くしてもらったんや、正規の税額の半分くらいでしてもろた。あんたの分もお母さんの分もわしが頼んだ人に言うてやってもろたげるわ。」と言われていたところ、その後、所轄税務署から所得税の申告についての問い合せがあったため、同年一一月九日ころ、右辻に対し「いよいよ税金を払わんならんのですが、前に聞いていた税金を半分にしてくれはる人を紹介してくれませんか」と依頼し、同年一二月二一日ころ、右辻から同人の事務所で判示今井正義を「今度あんたの税金を世話してくれはる人がこの人や、同和の人や」と紹介されたこと、この時、右今井から「税金のことは任せといてください。同和会の方で計算をして金額を知らせますから、その金額さえ払ってもらえればいいです。正規の税額の五割か六割ぐらいでできます。その中に私らの手数料や同昭会の謝礼金も入っていますので、それだけで結構です。」と説明され、被告人が「本当に半分でやってもらえるのですか。どういう具合にして申告するのですか。」と質問したところ、更に、同人から「本当に五割か六割でできます。こちらの方で申告書を作り、それを税務署に持って行って負けてもらうのです。税務署では、その書類は別の所に保管して後は調査もせんとしまっておくので、それで通るんです。」との説明を受け、同人に本件所得税確定申告を依頼したこと、次いで、翌六〇年三月四日ころ、被告人は、右辻から、「被告人とその母の譲渡税は二、四〇〇万円ほどであるが、その五割五分の一三一七万円で申告してあげる。今井さんの方では六割をもらいたいというこで一、四三七万円という計算をしたが、わしは五割にしてあげてほしいといって一、一九七万円の線を出した。それで中を取って五割五分でしてあげると今井さんが言い、一、三一七万円になったんや。」との説明を受け、その内容をメモ書きした書面(前掲検17号証と同一内容のもの)を受け取ったことが認められる。

ところで、証人今井正義の当公判廷における供述及び裁判所の長谷部純夫に対する証人尋問調書(弁第3、4号)、「昭和四十三年一月三十日以降大阪国税局長と解同中央本部及び大企連との確認事項」等と題する書面(写し、弁第5号)によれば、昭和五五年一二月ころ、全日本同和会京都府・市連合会と大阪国税局及びその管内の上京税務署との間で協議がなされた結果「同連合会傘下の同和地区納税者については、同和対策控除を認めるなど実情に即した課税を行うものとし、その納税申告を右連合会を経由して行った場合、これに関する税務当局の調査等は右連合会を通じて行う」旨の申し合わせがなされ、以来同連合会では、これにもとづき傘下対象者の納税手続を代行し、事実上租税の軽減措置を講じてきたもので、これについて税務当局からの内容調査等は一切行われなかったことが認められる。しかし、かかる運用の是非はしばらく措くとしても、右は同和地区住民の歴史的、社会的諸事情に鑑み同和団体からの強い要望にもとづき講じられるに至ったものと思われるのであって、被告人の本件不動産の売却譲渡に対する課税が右にいう同和対策控除の対象となるような性質のものでないことも、証拠上明らかであり、また、我が国の徴税制度の下において、なに人でも同和会を通じて申告さえすれば、正規の税額が合法的に半分近くになるというような不合理なことは税務当局と同和団体との協議によったとしてて、到底あり得ないことであって、強いてかかる税額の半減をはかるとすれば、何らかの不正な手段を用いるなど違法な方法をとらざるを得ないことも、通常人であれば、特に税制度に精通していなくても容易に察知し得るところである。

そこで前記認定事実によれば、被告人において、本件申告の具体的内容自体は知らなかったとしても、右申告が法律に従って適正になされるものでないことを十分認識していたことは明らかというべきであって、ただ、前記今井らの説明により、これについて、税務当局からの内容調査はないのでその不正が発覚することはないものと信じて右申告を依頼したものであることが認められるのである。

以上のとおりであるから、被告人及び弁護人の主張は採用できない。

(法令の適用)

判示所為 刑法六〇条、所得税法二三八条一項

刑の選択 懲役と罰金の併科刑

労役場留置 刑法一八条

執行猶予 懲役刑につき同法二五条一項

昭和六一年四月三〇日

(裁判官 松丸伸一郎 裁判官 源孝治 裁判長裁判官長崎裕次は転任のため署名押印することができない。裁判官 松丸伸一郎)

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